きつねこの足跡

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君が花火に変わるまで/中西 鼎

あらすじ

「好き、だから付き合って」幼馴染の村瀬扶由香の突然の告白。戸惑いながらも高校二年生の大澤悠明は初恋の相手でもある村瀬扶由香と付き合うことにする。デート、文化祭実行委員、花火を経て仲を深めていた二人だったが、ある日突然扶由香が姿を消してしまう。悠明には思い出さなくてはいけないことが、扶由香には向き合わなくてはならない現実があって、その期限が二人には迫っていた。

 

 

登場人物

大澤悠明:幼い頃は何かと中心的な人物であったが、あることがきっかけで余り人と関わりたがらないようになった。扶由香とは小学生からの幼馴染。

村瀬扶由香:嵯峨山ウィルダーマン症候群という筋萎縮症の難病を患っていて、運動は勿論のこと表情を作ることが苦手。

 

感想

主人公が中学生か高校生くらいで、男女二人のお話で、不思議なことが起きて、切なくなるけれど、どこか暖かい。青春小説なんて言葉でくくるのは少し勿体ない気がするけれど、そういう小説が好きでした。

読書が、小説が好きになったきっかけの作品もそういった青春小説でした。初めて読書をしながら泣いたことを覚えています。中学生の頃、布団の中でよく寝たふりをしながら読んでいました。

 

けれどいつからなんでしょうね、そういう小説を選んで読まなくなっていきました。何故なのか今ならなんとなくわかります。泣けなくなったからです。

小説から受ける影響や感動は、その作品の力は勿論ですが、読者の年齢や環境にも大きく左右されるものだと思います。平たく言えば、推奨される読者層みたいなものが、物語にはある気がします。私はもう素直に感動して涙できる大切な何かを失って、その層から追い出されてしまったのでしょう。

 

感想の初めの方に書いた自分の読書人生の原点とも言える小説を、いつからか読み返せなくなりました。

物語の展開が分かっているからでしょうか。他に読みたい小説があったからでしょうか。きっとどれも違います。

読み返したとしてもあの時の感動が訪れないのではないかと何処かで恐れていたし、初めて読んだ頃の漠然とした感動の感情の記憶自体が、読み返すことによって自分自身に否定されることを恐れていました。あの頃は幼かったからとか、夢見がちだったからとか、美化していたからとかそんな理由で今の自分に否定されたくないのです。

 

今でもその気持ちは変わっていません。

あの頃、今よりも遥かに幼かった私が抱いた感動が、幼さが故の陳腐な物だったと自分自身で思い至りたくないのです。そんなことになるのなら、もう一生読み返さないままで、素晴らしい小説だったと思い込みながら終わりたいと、大げさでも何でもなく本当にそう思うのです。

 

幼かったころとは違い物語を自分に置き換えて読むことが出来なくなったのも要因です。あの頃は、自分にも特別で不思議なことが起こったり、素晴らしく刺激的な青春時代が訪れたり、物語みたいな展開が、これまでの日常をプロローグにしてくれるような事態が、起こるかもしれないと馬鹿馬鹿しいけれどどこかで祈っていた自分がいました。

 

けれど、流石にこの歳になるともうそんな妄想はしません。小説はあくまで小説で、物語はあくまで物語で、人生や日常は、小説でも物語でもない現実だと知っています。

幼い頃微かに感じていて信じていた近い未来への期待や願望が自分自身が感じる全ての感情を何倍にも大きくしてくれていたのかもと少しだけ思います。

 

世界に入り込めない、斜に構えているつもりはないけれど意味もなく冷静になっている自分がいます。これは嘘で物語だと、そんな当たり前のことを大声で騒いでいる自分がいます。本当につまらない人間になったなあと思います。

 

一番好きなシーン

悠明と扶由香の二人それぞれが、本当に好きだった人はもうどうあっても存在しなくて、他の誰かで埋め合わせることはたとえ本人であっても出来ないのだと受け入れていく場面はとてもよかったです。

 

お気に入り度

★★★★☆

特に風景や舞台の表現が美しく、扶由香と悠明、二人の物語もとても面白かったです。

 

結論から言って、この小説は面白かったし素晴らしいものだったと思います。けれど、有り得ないことだけれど、もしあの頃の自分が読んでいたら、きっと感動に涙を流せたのかなと想像してしまいます。

中学生や高校生に読んで欲しい一冊です。

 

あとがき

朝読書の時間が楽しくなったのはある一冊の小説のお陰です。今でもその小説を大切に持っているけれど、もう何年も読み返していないです。

この「君が花火に変わるまで」を手に取ったのも、昔の自分が好きそうな小説だったからでした。そして心の何処かであの頃の感動が蘇るかもしれないと期待していました。結論素晴らしい小説でしたが、泣けなかったです。むしろ、少し寂しく、辛くなりました。こういう小説を昔最後に読んだ時にも、そういえばこういう寂しさを感じたなと思い出しました。

けれど、こういう小説はやっぱり好きだし美しい物だと思うのでこれからはもっと読んでいきたいと思っています。いつかまたあの時の感動に巡り合えるかもなんて考えながら。