きつねこの足跡

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オーデュボンの祈り/伊坂幸太郎

あらすじ

コンビニ強盗に失敗した伊藤は気が付くと見知らぬ島にいた。その島は江戸時代以降外界と断絶されていて、常識では考えられないような者ばかりが住んでいる。嘘しか言わない画家、殺しを許された男、未来を予知するカカシ。伊藤は信じられない様な光景に戸惑いながらも、一日を過ごす。そして翌日カカシが殺されていた。未来を予知できたはずなのにである。

 

 

登場人物

伊藤:コンビニ強盗に失敗し、荻島という島で目覚めた。元システムエンジニアで非現実なことはあまり信じていないが、島の現実を見て驚きの連続であった。

優午:人語を理解し未来を予知するカカシ。

桜:長身で長髪の美しい男。何らかの基準で人を拳銃で殺すが、誰も咎めない。島のルールである。

園山:妻を亡くしてから反対のことしか話さなくなってしまった画家。毎日決まった時間に決まった行動をしている。

 

感想

あらすじから異質な世界観が漂ってきています。

嘘しか言わない画家、殺しが許された男、人語を理解し未来を予知するカカシ。

江戸時代以来外界と遮断されている島というだけでも非現実的なのに、そこに暮らす島民もまた非現実的です。

 

それでも作中ではその島が発見された経緯や歴史などが、実在した人物や歴史などを交えて語られ、非現実的な世界観に根拠を持たせています。

そのことが読者を本当にこの島が無いとは言い切れないのではという気持ちにさせ、この魅力的な非現実の物語への没入をより可能にしています。魅力的な非現実を単純なファンタジーという視点ではなく、限りなく現実に近い視点で楽しむことが出来る、そんな気がします。

 

一人の人間が生きていくために動物を殺して食べる、樹を削る、そんな何十何百の犠牲の上に一人の人間が生きている。その価値に見合う人間など一人も存在しない。これは桜の思想でした。彼は生きる人間の無価値さに嫌気がさしていたのでしょう。拳銃の弾が限られていなければ、この世界の人間の全てを撃ち殺したいと思っていたはずです。

 

かつてその犠牲の価値に見合う人間はいるのかという問いを桜は優午にしていました。優午の答えもまた存在しないというものでした。けれど彼は続けます。

たんぽぽの花に価値はなくとも、それは綺麗である。人に価値はないけれど、むきになるほどのことではない。

これをどう解釈するのかは、人それぞれな気はしていますが、私は優午から人間への暖かな眼差しを感じ取ることが出来る気がします。我々無価値な人間にそれでも生きていいのだと言ってくれている様な気がします。

 

優午の苦悩や怒りが考察という形ではあるのですが、物語が進む上で明らかになっていきます。未来が分かってもそれを変えられない苦悩、人間のどうしようもない愚かさに対する怒り、何百年もかけて積み重なった彼の思いが、最後の決断に至らせたました。

伊藤の推理や、様々な状況からカカシは人間を嫌っていたのかもしれないとされる要素がありますが、私はそれだけではなかったのだと思います。

確かにカカシにとって人間は手放しで大切だと言い切れる存在ではなかったと思います。けれど桜との問答や作中の様々な場面からカカシから人間への暖かい思いを感じることが出来ます。

優午の人間に対する感情は一言では片付けることができない程複雑なものでした。

怒り、罪悪感がありつつ、それでも優午と島民はやはり友達だったのです。

都合のいい解釈でも私はそう感じました。

 

一番好きなシーン

伊藤が意を決して桜に会いに行く場面が一番好きでした。人間の価値に対する問答と桜と優午の対話。一見物語の謎とは離れた位置でのお話でしたが、優午の人間に対する視点へのヒントでもあり、読者に対して耳が痛い難しい問題を投げかけてくる良い場面だと思います。

 

お気に入り度

★★★★☆

あらすじを読んだだけでとても惹きつけられました。一見ファンタジーでしかない設定ですがリアリティを感じさせてくれる要素も散りばめられていて、物語も違和感なくストンと腑に落ちる様な畳み方でとても面白かったです。

 

あとがき

あらすじがもう最高によくわからない世界観を醸し出していて読むのが楽しみでした。人語を理解して未来を予知するカカシなんて、面白いに決まっています。

伊坂幸太郎作品は結構突飛な世界観や設定が盛り込まれた作品がありますが、一見ファンタジーとして流してしまいそうになる非現実感を現実の世界に留めておく手法や要素があってリアリティを感じられます。それがより物語を面白くしていていて、次に読む本を探すときも、つい伊坂幸太郎の五文字を探してしまいます。